スピリチュアルライフ

皆既日食を見に上海へ

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日本の陸地で46年ぶりに見られる皆既日食が、2009年7月22日にありました。
次に日本で見られるのは36年後。
この機会に、皆既日食音楽祭があるという奄美大島に、子どもたちと一緒に見に行くつもりでした。

ところが、飛行機も船も大変高額料金になっており、なおかつチケットを取るのがかなり困難だったため国内で見ることはあきらめました。
それで考えたのが、今回皆既が9分間という長さの上海はどうかと…
そこで、仕事でしょっちゅう上海に行っている友人にお願いして、JALのマイレージチケットを取ってもらい、一緒に上海に行ってもらうことにしました。

子どもたちは母にお願いして、今回はお留守番ということに…(ごめんね))

以前様々な友人たちから、トルコやオーストラリア、アフリカで皆既日食を見て、素晴らしい感動と太陽のエネルギーを感じた話を聞いていました。

でも何よりも見てみたいと思った理由は、私の人生を変えてしまった本

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宇宙の神秘 誕生の科学―生まれる命が地球を救う
を書かれた天外伺朗さんが、著書の中で
「死ぬまでに見ておいたほうがいいものが3つあります。それはオーロラと昼間の星と日食です。」と書かれていたからです。

天外伺朗さんは、本名を土井利忠さんという技術者です。SONYでコンパクトディスクや「AIBO」の開発を手がけたことで知られています。
天外伺朗のお名前で、スピリチュアルな著書をたくさん書かれており、意識の成長と進化を目的とした、ホロトロピックネットワークの代表もされていらっしゃいます。

「宇宙の神秘 誕生の科学」は私が初めての子を妊娠したときに、ソウルブラザーだった方が
「天下さんの著書が好きだから新刊を購入して、出張先のドイツ行きの飛行機の中で、何気なく読んでいたら、これは絶対万季に読ませなくちゃと思ったんだよ!!」
と言って、ドイツ出張旅行からそのまま私の家に届けてくれた本です。

当時住んでいた品川区には、お産を扱っている病院が某巨大大学病院しかなく、そこで実験素材のような扱いを受けた私は、出産に対してネガティブな気持ちを抱えて、毎日暗鬱と暮らしていました。

ところが、その本に書かれていたことを読んで、出産、誕生、子育て、生き方そのものにまで大きな揺さぶり、衝撃を受けたのです。


まあ、それくらい影響を受けた方だったので、その天下さんが死ぬまでに見ておけって言うんだから、それはみなくては!!と、ここ10年くらいずーっと機会を待っていました。


現地集合のツアーは、上海浦東空港からバスで浦東(ぷーとん)のホリデイインまで送迎付き
(バスで1時間くらいです)そこに一泊してから、翌日上海観光をして、いよいよ観測地のゴールデンヴィラへ、浦東からはやはりバスで1時間半ほど南に移動します。

上海在住の中国人の方に
「上海は1983年から26年間、7月22日に雨は降らなかったんだよ。それなのに日食のあるこの年にこんなに雨が降るなんて、本当に申し訳ない。」と後に謝られてしまうほど
日食当日の上海市内はどしゃぶりでした。(前日夕方まではものすごい快晴でした…)

前日日中、上海の「浦東」地区にある「東方明珠塔」↓という468mのアジアで第1位、世界で第3位の高さを誇るテレビ塔。

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こんなに晴れてました…


私が滞在したゴールデンビラも、21日の前夜はものすごい雷と集中豪雨で
これは明日はまったく見られないかも…とだいぶ悲観的でした。
(一部では、雨雲を追い払うために、中国政府がミサイルを低気圧の中心に撃ち込んだとかいう噂が!?)

こういう時、私がよくお祈りするのは「贅沢はいいません、雨さえ降ってなければ
曇りでもいいです。晴れて欲しいなんて大それたことは言いません。」というもの。
実は、私はものすごい晴れ女で、暗雲垂れ込める9月のロンドンでもずーっと晴れ。
2週間に一日くらいしか晴れない、スイスのユングフラウヨッホでも、滞在中3日間ずっと晴れ。たいていどこに旅行に行っても、たとえ天気予報が雨でも到着してみると晴れている。
ということがほとんどなのです。だからあまり心配はしてなかったのだけど…

そして迎えた22日の朝、昨夜のものすごかった雨はぴたりとやみ、空は薄曇り。
だけど、太陽はほとんど見えません。

ところが、日食の時間が近づくにつれ、うっすらと青空が見えてきたではないですか。
そして、薄い雲がフィルターの役割を果たしてくれて
なんと、フィルターなしの私のカメラでも、綺麗に欠けていく太陽が撮影できました。

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太陽が欠けていく様は、とても不思議。そしてだんだん暗くなっていきます。
太陽が3分の2くらいになったとき、突然気温が下がるのが判りました。

本当に最後の最後、あとちょっとでダイヤモンドリングが見られる!!
というところで、厚い雲がやってきて
太陽さまはお隠れに~
そして360度の夕焼けが始まります。
あああ~

でもあっと言う間に真っ暗になって、気温も急激に下がっていき
夜になるさまは、とても神秘的でした。


その夜、テレビのニュースで、最もよく見えるのではと言われていた日本の悪石島がものすごい暴風雨で大変だったこと。
同じく、よく見えると予想されていた上海市内も悲惨な雨だったこと。今の時期は雨季なので、まったく見えないと予想されていたインドのバラナシで、とてもくっきりとダイヤモンドリングが見えて、ガンジス河で沐浴をしながら皆既日食を体験した人の話などを見ました。
そうして思ったのは、今回の皆既日食は、見えると思って大金をかけて行った人たちは見ることができなくて、日食のことを考えていなかった無心の人たちが見ることができたのかしらということでした。


日食のことを英語でeclipse(エクリプス)というのですが、世界中、日食を追いかけて旅する人たちをエクリプスハンター、またはエクリプスチェイサーと言うそうです。
今回の日食で、何人かのエクリプスチェイサーとお知り合いになったのですが
私も、どうしても次はしっかりダイヤモンドリングをこの目で見たい!!
と強く思いました。来年のイースター島は、ちょっと遠すぎるけど、2012年のオーストラリアくらいなら、何とかなるかも…

今回の日食の美しい映像を見るにつけ、次は自分の目で見たい!!と
ちょっとクセになりそうな私です。

トップ画像の素晴らしいダイヤモンドリングは硫黄島近海の船上から撮影されたものです。

こちらはコロナの映像
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国立天文台のホームページから詳細情報がみられます。


皆既日食以外の上海でのことはミクシイの日記に書いています。
よかったらそちらもご覧ください。

このはなさくやひめに会いに行く

富士山に行ってきました。

ここのとこ、いろいろと自分について思うところがあって
これはひとつ、スピリチュアルな修行がしたい。
(というか厄払い?)
と情報を探していました。


そう思って行動していると、不思議とご縁があるのね。

2週間前に、近所に行く機会があったため
せっかくだからと、8年ぶりくらいに
友人に会いに行ったの。

そうしたら、全国の浅間大社の総本山、富士山のお膝元
富士宮市の浅間大社近くに
主神の『木花之佐久夜毘売命』(このはなさくやひめ)が
降りて来る巫女さんが住んでいる
と教えてくれました。

彼は富士宮出身で、その巫女さんは
富士宮ではとても有名な方で
みなさん割と気軽に、いろいろと相談にいくそうなのです。
彼も自分に悩んだときに、地元の友人が教えてくれたそうです。
友人ってありがたいなあ。

「せっかく富士山に行くなら白糸の滝に行って
打たれてきたらいいよ」
と言うので、白糸の滝と、奥様のおすすめ田抜湖に行き
その夜の宿はハートランドというロッジに泊まることに。


前日からの雨で、首都高と中央道を走っているときも
雨は降り続いていたのですが、河口湖で高速を降りた途端
雨はぴたっと止んで、滝も湖もとても綺麗に見ることができました。

実は、15日前に巫女さんに電話したときに
「前日にでも電話し直してください。」
と言われたので、御参りする前にかけてみたら
繋がらない…

これは御参りしてから来てくださいってことだよなあ~と思い直し


浅間大社に御参りして、湧玉池で富士山の雪解け水を汲み
いざその巫女さんに電話すると
今からいらっしゃいという事に。

道に迷いながらも、地図を見ながらなんとか到着し

いざ、お会いすることに。


巫女さんはとてもパワーがありました。
何と言えばいいのかしら
『気』(オーラ)が強い!
同じ部屋にいるとちょっとくらっとする感じ。

いろいろお話をしていくと

「あなたは頭が疲れているでしょう?」

「ええ、昨日、これからカウンセリングする方のチャートを
まとめてたくさん作っていましたから、ちょっと疲れています。」

「あなたが来るというので、昨日の夜中3時ごろから
私も疲れてしまってしょうがないんですよ。
あなたね、人のものを背負ってはいけません。
そんなことをしたら、あなたが病気になりますよ
私はね、それでも木花之佐久夜毘売命さまがついてくださっているから
いいですけどね、あなたには力が足りないですから
そんなことはおやめなさい。」
と言われました。

「ええ、自分でもわかっているんです。
だから、その方法をずっと探しているんです。
いままでに教わった方法で
宇宙の源からパワーをもらって、自分を通り抜けて
また宇宙に返す、というのをやっているんですけど…」

「それでできましたか?」

「だいたいの場合はそれで大丈夫なんですけど
ごくたまに、自分の調子が悪いときがあって
もらっちゃうんですよ。
でも、最近、もらいそうなときは自分で避けるようにしなくては
いけないんだと判りました。
あと、私が見るのではなくて、自分で気づいてもらうという
そういう方法を考えていまして
これからはそういう方法でやっていこうと思います。」

「とにかくね、あなたは人の話を聞くよりも
ジュエリーを作っていたほうがいいですよ。」

「そうですね、私もそう思います。」

今の私の状況、子供のこと、別れた夫とのこと
いろいろ話ました。

まだまだ聞きたいことはあったのですが
途中で

「やはりね、まだ初めてあったわけですから
これからすこしづつはがれていって
関係ができるわけですよ。」

と言われて、今回はここまでにしよう
と自分で気づきました。

本当にお話している最中に、たくさんのことに気づきました。

そうして、夜、紹介されたハートランドに向かうと
なんと、行ったことのある場所でした。


2004年のWPPD(World Peace Prayer Day)
でものすごい嵐の翌日、晴れ渡った富士山で
ストーンサークルを囲んで、最後の儀式を行い
その後、スタッフのみんなでソフトクリームを食べによった
あの牧場でした。

あのとき、ハートランドはネイティブの人たちの
宿舎件、託児所になっていたようです。

私は下の娘がまだ1歳になったばかりで
夫とは別行動をしていたので
ハートランドには最後にちょっと寄っただけでした。

名前はすっかり忘れていたけど
到着して、その場所を見たときに
まざまざとあのセレモニーが思い出されました。


ハートランドを経営しているカントクに
そのことを話したら
まあ、共通の友人知人の多いこと
驚きました。

まあ、そもそも友人に紹介されて来たのですから
繋がっていて当たり前なのですけど
紹介してくれた彼等も、私に何も言わないんですもの…

でも、何かに導かれてここにいる
というのをとても実感したできごとでした。


※木花之佐久夜毘売命さまが降りて来る方は
私にはご紹介できないので、お尋ねくださいませんように
お願いいたします。


前世療法03

灼熱の国、ここはどこなんだろう?

現在の私は自分に聞いてみる。

「アフリカ、古代エチオピア」何かが頭の中でささやく。

自分がアフリカ大陸に生きていたことなんて
今の私からは全く想像できない。

ここでは、生きること=水を手に入れること

がすべてだ。


私は若いときにあった
部族間の抗争で、椰子の実のようなものを
首のあたりにぶつけられて
それからずっと具合が悪い。

いつもむっつりとしていて、水を汲むことしかしていなくて

いつも首が痛くて…


3人の子どもの内、一番上の娘は
絶えず私を愛していてくれた。

なのに、私は末の息子しかかわいがらずにいた
何年もそうしていた。


矢澤さんの声が聞こえる。
「その人生の最後の場面に行ってください」


私は固い石のような寝台に横になっている
薄い布が身体にかけられていて
周りには子どもたちと、夫がいる。

私は常日頃から、夫のことを愛しているのか愛していないのか
まったく判らない。感情らしいものがないの。

だけど、末の息子のことは愛していると思っていた。


だけど、私の命が燃え尽きようとしているとき
一番悲しんでいたのは、私がちっとも愛そうとしなかった
上の娘だった

彼女の瞳から涙が溢れているのを見たとき


突然、ものすごい後悔をした
「なぜ私はこの娘に愛を表現してこなかったのだろう」

私の瞳からも涙が溢れた、私の手を娘たちが握り締める。

遠巻きにみつめる夫と息子。

意識が遠くなる、どんどんどんどん遠くなる。


辛かった身体から、抜け出して、とても軽くなったことに気がついた。
そこは真っ白で、何もないところ
とても眩しい

何かの声が聞こえる

あれは矢澤さんの声なのか
それとも他の何かの声なのか?


「あなたがその人生から学んだことは何ですか?」

「次に生まれ変わるとしたら、どうしますか?」


その瞬間、灼熱の国、湖に住んでいたときのことと
現在の私の状況とがすべて重なって
ひとつになった。

「ああ、そうだったんだ」


自分の人生は自分が決めたことだったんだ。
すべては繋がっているんだ。


この人生も、これで終わりではなくて
ずっと繋がっていく、長い長い旅なんだ。


それが判ったとき、私は自分の人生に責任を持たなくてはならないこと。
そして、同じ過ちは繰り返してはいけないと
心の底から決めたのでした。


前世療法02

ワイス博士の「前世療法」を読んで
どうしても受けてみたくなった私は
長女を妊娠中、今から約10年前に
当時はまだめずらしかったヒプノセラピストを探し出して
ヒプノセラピーを受けてみた。

その時は、前世までは意識が行かず
今の人生で子ども時代のことだったり
父親との関係だったりが出てきて
あと、お腹の中にいた彩月と会話ができたりした。

それはそれで、得がたい体験だったけど
やっぱりいつかは前世を見てみたい
ってずっと思ってた。


それから約3年がたち
赤ちゃんだった彩月の自我が、芽生え始めたのと時を同じくして
私の中で、自分の人生というものを
どうとらえていいのか、本当に判らなくなってしまって…

だから、もう一度受けてみようと思ったの。


ヒプノセラピストは、前回と同じ
矢澤フレイ伸恵さん。
彼女は前世でイスラエルにいて、やはり人々を教え導くことを天職としていたそうです。

私はずっと、自作のヒプノMDを毎晩寝るときに聞いていたせいか
今回はとてもすんなりと、すごく深いところに落ちていった。
彼女の静かな優しい誘導の声が、だんだんと遠くなっていく
でも意識の片隅では彼女の声がはっきり聞こえていて
不思議な感覚。

あまりにも催眠が深すぎて、声も出ないし、身体もぴくりとも動かない。
でも、周りの状況はとてもよく判った。


どうやら小さい島に私はいるみたい
となりにはあきらかに彩月がいる
でも彼女は赤ちゃんではなくて、11歳くらいの少女だ。
どうやら私も同年代の少女らしい。

周囲には何人かの若者、15人くらい?
親友のヤスとノブの姿も見える
ノブは焚き火の前に座って、太鼓をたたいてる。
私は、真っ黒くて長い髪を両脇に二つのおさげにして
ぶあつい布でできたポンチョみたいなものを着て
焚き火の周りを踊っている。

小さな島なのだけど
そういう焚き火が何箇所かあって
小さな、布でできたテントみたいなものが
いくつか建っている。

島の外縁にはぐるりと
背の高い杉の木が立っていて
周囲の水はとても神秘的なエメラルドグリーン。

私たちの人生には音楽と踊りがあって
みんなで何でも分かち合って
とても平和に暮らしている。


マリーン湖


この湖は私たちの聖なる土地だ
私たちは、カヌーで湖にやってきては
特別のとき、満月のときなんかに
ここに集まっては、焚き火を囲んで祈りの儀式をする。

年の近いものたちで集まって、共同生活をしている。

とても穏やかで、でも楽しくて
いつでも踊っていられれば、私はそれで幸せだった。

矢澤さんの声が、遠くかすかに聞こえる
私に「何か見えますか?」と質問している
私はとても美しい場所にいるといいたいけれど
いかんせん、身体はぴくりとも動かない。

私が何も答えないから
彼女は「それでは今から少し時間を移動します」
と言った。


その途端、楽しかった場面から一転して
雪が吹き付ける、荒れた岩地にいて
私はとても悲しい気持ちで
すべての荷物を小さな馬(ロバ?)に積んで
私たちの聖地から遠く離れたところに
逃げなければならない。

なぜそうなってしまったのか
私はとても悲しい。

でも、コミュニケーションがとれぬまま
どうやら私たちの聖地を、私たちと違う
不思議な人間たちが、欲しがったから
だから私たちはここにいられないらしい。
なんて、悲しい。


さらにさらに深いところに意識が落ちて行きそうになったとき

また矢澤さんの声が聞こえた

「何か見えますか?」

また何も応えられない私。

「それでは、もっと遠いところに行ってみましょう」

そう言われた途端。

今度は、ものすごい暑いところにいた。

矢澤さんが質問してくる
「何が見えますか?」


薄い茶色、まさにサンドベージュの砂が固まったような道
私の足元は固い草みたいなものを編んで
足首に巻きつけた、サンダルみたいなものを履いている。

身体には筒のような、ゆったりした
たぶん麻布でできた服を着ている。
頭に何か巻いている感覚。
手も足も真っ黒な皮膚。


周りに小さな、かがんでようやく入れるような
これまた小さな入り口がついた
日干し煉瓦を固めたような
家々が並んでいる。


暑い、でもまだ昼ではなくて
今は朝だ。

私の大事な日課、水をくみにこれから向かう。

ここでは、水をくむことが生活のほとんどをしめている。


まるで水をくむために生きているみたい…


とにかく暑くて、乾いていて

それから、ちょっと前に部族間の争いがあって

私の首に、椰子の実が当たった
あの時は死んでしまうかと思った。


それからずっと具合が悪い。


私には子どもが3人いる。

女の子ニ人と男の子一人。

私は自分の人生に不満を持っている
でも何をどうしたら、生活が変わるのか
まったく判らない。

だって他の生活を知らないから…

そんなことを矢澤さんに、淡々と説明する私。

不思議な感覚、これは確かに私なのだけど
もう一人の私もいて、俯瞰して眺めているような。

※前世療法01はスピリチュアルライフのページから見られます。


自分で決めた人生の計画表

「人は何度も生まれ変わる」

信じるか信じないかは人それぞれですが
私は催眠療法で、自分の過去生をいくつか体験しました。

人は死んだ後、自分のその生を振り返り、次はこうしようと決めるのだと
知ったのもその時です。

ひとつのテーマに取り組むのに、何回も生まれ変わってトライしたりもしています。

自分が生まれる場所、時間、両親、周囲の環境。
すべて自分があらかじめ決めて、それを選んでいるのです。
(実はかなりざっくりとですが)

子供の頃はまだうっすらと覚えていたりして
だから、子供の頃なりたかったものや興味というのは
だいたいその計画に忠実です。

ところが、成長していくうちに、周囲の環境や周りの人びとの影響で
本来の自分の計画とは違う方向に軌道がそれてしまうことがあります。
すると、とても生き辛く感じるようになり、ひどくなると身体症状にまで現れてきます。

数秘術は、あなたが決めて生まれてきた、人生の計画表を
生まれた時の名前と生年月日からチャートを作り
読み解くことができます。

どうか、ご自分が、あるがままで生きられるよう
数秘術でお助けできればと思っています。

前世療法01

ブライアン・L・ワイス博士の「ワイス博士の前世療法」を読んだのは、今から10年も前。

催眠療法(ヒプノセラピー)でココロの治療をしていた精神科医が
患者の前世にまで退行催眠で誘導してしまう。

そして現在の問題の根源を、前世に見つけるの。
病気の本当の理由に気づいた患者が、何年もかかえていた問題を治癒していくという
実際の体験に基づいたストーリー。

あの本の巻末に、自分でできる催眠療法の誘導の文章があって
私は自分で読み上げたものを録音して、毎晩眠るときに聞いていた。

最初は何も現れなかったけれど、一月を過ぎた辺りから
いろいろな場面や人が、夢に現れるようになった。

最初は断片的だった映像も、一年も続けているうちに
ストーリーが判るようになってきた。

そして、気づかなかったことに気づくようになった。
自分が好きなものや、好きな人たちが
今この人生だけではなくて、ずっとずっと繋がってたということに。